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旗の話12 暖簾(のれん)の歴史・由来


■暖簾(のれん>)の歴史・由来
街の和風のお店の軒先につるされている「暖簾(のれん)」は旗の1種であり看板の役割ではありますが、どことなく大量生産された物とは違う雰囲気があります。1枚ごとに職人により染め上げられる「暖簾」には工芸品的な香りが残っているように感じます。

元々は「暖簾」は文字で示される通り、防寒のために商家や旧家の中玄関の懸けられた垂れ幕を指したそうです。
垂れ幕に商号や家紋等を染め抜いたものが本来の姿です。現代はさすがに防寒用途ではないかもしれません。ただ,その名残か日本料理店など和風のお店では「日除け暖簾」と呼ばれる商号を染め抜いた大きな垂れ幕を店先に見ることもあります。現代では飲食店の軒先にかけらているのが目に付きます。
その店の風格、伝統、雰囲気に見合ったデザインでお店の顔になっています。やはり金属的な看板とは違った趣があります。

色彩については、藍色、焦げ茶色等の暗色系が多く用いられます。お店の重厚感、風格のシンボルですから、あまり派手な色は好まれません。
また素材も、天然繊維の木綿が好まれます。暖簾に関しては化学繊維はあまりないようです。
化学繊維の持つ光沢感、爽やか感、軽量感が「暖簾」の持つ風格、品格といった日本人の好む感覚にそぐわないのかもしれません。
今日では一般家庭やお店の中では間仕切りや目隠しにも使用さる事も多いようです。

夏用の清涼感を出すために麻生地を使用した粋な「暖簾」もあります。
小料理屋や居酒屋では縄を下げた「縄のれん」や木製の珠を糸で繋ぎ暖簾状にした「珠暖簾」なども見ることがあります。

歴史的には上述のように防寒用であったようですが商店の軒先に吊るし塵除けや日除けとしたり、屋号などを染め抜きお店の顔、看板の役割で使われることが多くなっていったようです。

元来は中国から伝わったとの説もあります。屋号の染め抜きは江戸時代初期の寛永(1624年)ごろから普及したと伝わっています。江戸時代、明治、大正と多く用いられたが、昭和以降は店舗の洋風化とともに減少したと言われています。

暖簾は商家のシンボルでしたから暖簾の新古はお店の新古に通じ、「暖簾が古い」といえば老舗としての信用を意味しました。また「暖簾分け」といえば年季を果たした者に屋号を分け独立させる事を言い、本店から信用や営業権を分けて開店したことを意味しました。




author:, category:旗のお話, 00:12
comments(1), -
Comment
藍色、焦げ茶色等の暗色系が多く用いられます。お店の重厚感、風格のシンボルですから、あまり派手な色は好まれません。
・・・なるほどです^^。
のれん旅人, 2013/09/15 4:08 PM